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星の子プロダクション社長のブログ
毎日、自作絵のアップ

8月4日(火)

(株)星の子プロダクション

国民的アート似顔絵を「似顔絵ショップ星の子」でお描きしています。外国人観光客にも大変人気です。多くの皆様のお越しをお待ちしています。

「今日の一枚」
2009-8-4-1.jpg
「公園スケッチ」
今日久しぶりにスケッチに行けた。代々木公園だ。午前中2時間で3枚描いた。しかし2枚はまだ色が塗れてない。


「似顔絵街道山あり谷あり 振り返り 第十八話」
東京に出てきて「ボランティア」もやりたいと思っていた。ある時車いすの男性障害者Mさんと知り合いになり時々介護をするようになった。料理を作ったり、外出介護で車いすを押したリした。
彼の介護をして「丸木美術館」に行ったことがある。私は介護をすることで色んな勉強をさせてもらったが、色んな所へ行くこともあってこれも楽しかった。このときは運転手が別にいて私たちは連れて行ってもらった。かなり長時間車に乗っていた記憶がある(今インターネットで調べたら、関越自動車道の東松山インターをおりたそばだった)建物の中には丸木位里、俊夫妻が描いた原爆の絵がすごい気迫で展示してあった。
(「丸木美術館」ホームページより)
1945年8月6日、人類史上初めての原子爆弾が広島に投下されました。
その3日後の8月9日には長崎にも。
ふたつの原爆で亡くなったひとは20万人にも及び、その数は今日もなお増え続けています。
広島は丸木位里のふるさとです。親、兄弟、親戚が多く住んでいました。
当時東京に住んでいた位里が知ったのは「広島に新型爆弾が落とされた」ということだけでした。
いったい広島はどうなってしまったのか。
位里は原爆投下から3日後に広島に行き、何もない焼け野原が広がるばかりの光景を見ました。
丸木俊は後を追うように1週間後に広島に入り、ふたりで救援活動を手伝いました。
それから5年後、『原爆の図 第1部 幽霊』が発表されます。
数年間描きあぐねた「原爆」を、水墨画家の位里と油彩画家の俊の共同制作で、やっとかたちにすることができたのです。
はじめは1作だけ、その後は3部作にと考えていた「原爆の図」は、とうとう15部を数えました。
最後に〈長崎〉が描かれた1982年までの32年間、夫妻は「原爆」を描き続けたのです。

私はその日丸木位里さんにお目にかかった。そして丸木さんご夫妻に絵本画家いわさきちひろさんが絵を学ばれたのを知った。


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  1. 2009/08/04(火) 16:45:36|
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